熟練森林技術者に聞く。林業の世界へ飛び込んだきっかけ。

林業会社/森林組合

取材先:株式会社カネキ木材

外で汗を流し、山の中で木を伐り倒す
他にはない爽快感が何よりの魅力

岐阜県における森林技術者は約1,000人いると言われています。そうした林業現場で働く人は、どんなきっかけでこの世界に飛び込み、日々どのような思いで仕事に取り組んでいるのでしょうか。その一例として、教師から一転、林業家となった株式会社カネキ木材の大野さんに話を伺いました。

敬遠される仕事だからこそチャンスだと感じ
安定した高校教師の職を辞して、林業へ

岐阜県関市で林業を営む株式会社カネキ木材。同社の代表取締役・大野公之さんは、異色の経歴の持ち主です。「私がこの世界に入ったのは28歳の頃。それまでは高校で社会科の教員をしていたんですよ」。大野さんの実家は兼業農家で、幼少時代から百姓仕事を手伝っていました。学生時代は白球を追いかけ続けた野球少年。そのせいもあってか、両親も姉も教員という家庭で育ち、当たり前のように教師の職を選んでからも、どこかで「外仕事が好き」という思いを抱いていたと言います。

転機となったのは、ある新聞記事でした。「息子が継がない」。そんな林業の苦境を伝える話が紹介されていたのですが、これを見た大野さんは「逆に自分にもできるんじゃないか」と感じたと言います。教師を辞める決断をしたときには、父親から「なんで教師の仕事を辞めるんだ」と激怒され、しばらく口も聞いてもらえなかったそうです。そんな折、同じく学校で教師を務めていた奥さんの実家が、材木屋だということを知ります。「なにか縁があるんだなと感じましたね」と大野さんは当時を振り返ります。

木材市場に出荷するため、丸太を最適な長さに切っていきます。

ただ、実際に飛び込んでみると、甘い世界ではありません。「背中を見て覚えろというのが当たり前の世界でした」と大野さん。基礎を教わろうにも一筋縄ではいきません。そこで、岐阜県林業短期大学校(現・岐阜県立森林文化アカデミー)への入学を決断。林業の基礎を学び、各種資格を取得した大野さんは、さらなる勉強のため、市場で1年半ほど修業します。「とにかく上下関係が厳しい世界で、野球部に戻ったみたいでした。それでもマツ、ヒノキ、スギなど、それぞれの木の特性を熱心に教えてもらいました。このときの経験は大切な財産ですね」。そして1998年、大野さんはいよいよ自分で林業を始めることにしたのです。

左から公之さん、ベテラン機械オペレーターの山口さん、将伸さん。この3人で現場を回す。

創業当初は赤字が続く苦しい経営が続きましたが、岐阜県の林業担当者からのアドバイスなどを受けながら、徐々に経営を軌道に乗せ、2006年には黒字化を果たします。そして20174月には、岐阜県立森林文化アカデミーを卒業した息子の大野将伸さんが新たに加わりました。

 

倒れるまで働くというのは、昔の話
きちんと休憩し、休日を取ることが安全につながる

バイオマス発電の燃料として引き取られる枝葉や小径木。

通常、山林の所有者などからの依頼で仕事が舞い込んできます。受注内容をもとに見積もりを出し、合意が取れれば現場作業がスタート。

現場ではまず、下草を刈って作業しやすい状態に整えてから伐採に入ります。伐採した材木は市場に運搬し、それ以外の枝葉や端材などは木質チップとしてバイオマス発電の燃料などに使われます。現場に入ってからすべての作業が完了するまでは20日間ほど。関市周辺での作業が多く、現場の8割は急勾配が続く山林になるそうです。取材時は宅地造成のため、住宅地のすぐそばでの撮影でした。

チェーンソーの刃を研ぐ(目立て)公之さん。切れ味を保つために欠かせません。

「林業は常に危険が伴います。農業のようにいきなり作業を任せられる仕事ではありません。特に私が気を付けているのは“安全”。軽はずみで慌てて作業しないように息子にも言い聞かせています」と大野さん。若い頃は倒れるまでぶっ続けで作業することも多かったそうですが、今では10時、12時、15時に必ず休憩をはさみ、健全に仕事ができるように気を配っています。また、日曜、祝日は定休日で、さらに雨などで天候が悪い日は、安全に配慮して作業は行いません。1年間で働く日数は、一般企業とたいして変わらないと言います。

息子の大野将伸さん。28歳頃まで珈琲店の店長を務めていました。

父親の姿を間近で見つめる息子の将伸さんは、「木材を美しく伐採するためには、チェーンソーのメンテナンスと伐採手法が大事なんですが、父の仕事を見ていると、自分とは違うなと思います。これまでの経験の違いを感じることが多いですね」と話します。

それでも林業に取り組みはじめて2年半。今ではひと通りの作業を危なげなくこなせるようになり、自分でも成長を実感していると言います。

倒す方向を確認しながら伐採を進める将伸さん。

グラップルという機械で伐採した木を整理していく。

「機械を操作するのが楽しいですし、木を伐り倒すときには、山の中にズシンという大きな音が鳴り響きます。そんな木を伐倒する爽快感は、この仕事でしか味わえない魅力です。体を動かすことが好きな人や、机の前で座っているのではなく自然の中で仕事がしたいという方には、本当に楽しい仕事だと思いますね」(将伸さん)

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