木材の有効利用で地域の森を守る
その思いでUターン起業
林業の会社や森林組合に勤務後、2014年に地元である恵那市上矢作町で株式会社 安藤林業を設立した安藤雅人さん。戦後に大量に植えられた木が伐期を迎える中、地域で育った木を有効利用することが、地域の森林を守ることにつながると考えた安藤さんは、「木材生産」に熱い思いで取り組んでいます。
この地域に欠かせない
架線集材技術を受け継ぐ
百名山の一つ恵那山の南西に位置し、町の約95%を山林が占める恵那市上矢作町。この辺りは急峻な山々に囲まれ、地質は砂のようにサラサラとして、水を含むともろく崩れやすい真砂土地帯となっています。そのため、道がつけにくく林業機械が入れない場所が多く、この地域では昔から架線集材という手法が用いられてきました。
架線集材とは、ワイヤーロープを空中に張り、伐り倒した木材をワイヤーロープで吊り上げて運び出す集材方法。複雑な地形の場所でも搬出作業が可能になることに加え、車両用の道を設けないため、森を痛める心配もありません。しかし、それぞれの現場で地形を見極め、ワイヤーロープを張る角度や位置などを決めていく架線集材は、長年の経験と高い技術が必要な作業。高性能林業機械を使用した効率化が進む中、架線集材技術者の高齢化が進み、技術承継の機会を失うことで、現在はその技術者が少なくなっています。この架線集材に魅力を感じた安藤さんは、今も架線集材が行われている全国の現場を訪ねて教えを請い、技術習得に尽力。必要な機械を揃え、架線集材を実践しながら、若手の育成に取り組んでいます。
働き手の負担軽減を目指して
新たな技術を積極的に導入
ドローンによる資材運搬を採用し、作業の効率化と身体的な負担軽減を図る
険しい山々での集材に有効な架線集材ですが、樹高の高い木々がそびえる山で地形を正確に把握して、木材を吊り上げるためのワイヤーロープを張ることは、非常に難しい作業です。これまでは、実際に山を歩いて適した場所を探し回っていましたが、ワイヤーロープを張った後に木材を吊り上げるために必要な高さがないことに気づくなど、失敗することも多かったといいます。そこで安藤林業では、上空から山の形を確認できるよう、小型ドローンを導入。これによって、山中を歩いて確認するよりも正確に地形を把握することができ、ワイヤーロープを張る場所を迅速に決められるようになりました。
重量のある資材も運ぶことができる大型ドローンを購入
1つの課題を解決した安藤林業でしたが、もう1つ作業において大きな負担となっていたのが、資材の運搬です。架線集材を行うためには、木材を吊り上げるワイヤーロープや重量のある滑車など、さまざまな資材を技術者が背負って、山を登らなければなりません。資材を運搬するだけでも技術者の体力的な負担は大きなものでした。
「ただでさえ、山での仕事は危険と隣り合わせ。体力的な負担を軽減しないと、林業の労働環境を改善することができず、若い担い手も増えていかない」と考えた安藤さんは、資材を運ぶ大型ドローンの導入を決意。これにより、これまで高低差200mの現場まで2人で1時間かけていた資材運搬を、ドローンを用いることで10分ほどの時間で自動運搬できるようになりました。
また、短時間で設置や撤収が可能なスイングヤーダもドローンと一緒に導入しており、安藤さんは「新しい技術や機器を採用することで、少しでも負担軽減や省力化ができるように努めていきたいです」と話します。
幅広い人材の採用が
新たな意識改革に
2021年に入社し、技術者として現場で働く桑原佐季さん(23)
新たな技術を取り入れ、働き手の負担軽減を目指す中、安藤林業にはその働き手にも新たな風が吹き始めています。2021年に入社した桑原佐季さんは、安藤林業で初めての女性技術者。桑原さんは、大学で環境問題について学ぶ中で、チェーンソーの資格を取得できる授業を受ける機会があり、林業に魅力を感じたといいます。「伐倒を体験した際に、木が倒れていく迫力に魅了されました。架線集材や重機による集材、造林や育林など幅広い仕事をしている安藤林業なら、たくさんのことを学べると思い、門を叩きました」と目を輝かせる桑原さん。桑原さんが訪ねてきた当初は、安藤さんも「体力的にも大変な仕事だから難しいのでは」と伝えたそうですが、桑原さんの強い思いを聞いて採用。今では「林業の仕事に性別は関係ないことを実感した」と、今後もさらなる女性技術者の採用に意欲をみせています。
林業を志したきっかけでもある「伐倒が一番好き」と笑顔を見せる桑原さん
現在は、現場で伐倒や運搬を行うチームで働く桑原さん。「どうしたら1本でも多く伐ることができるか、どう伐ったらその後の集材作業がしやすいかなどを考えながら、伐倒方向や作業順序を考えています。いつもより多く本数が伐れた時はうれしいですね」と、日々感じているやりがいを語ります。
「もちろん大変なこともあるけれど、木を倒したり林業機械を操作したりと、楽しさの方が勝っている」という桑原さん。さらに、ドローン導入など新しい技術による省力化も進み、体の負担も軽減されていることを実感しているといい、「今後はもっと女性も挑戦しやすくなると思うので、勇気をもってチャレンジしてほしい」と女性技術者の増加に期待を寄せます。
また、垂井町出身の桑原さんは、現在は一人暮らし。日曜日や雨の日などの休日には、家の掃除などをしながらゆっくりと過ごして体をリフレッシュするほか、恵那峡など恵那市周辺へ遊びに行くのも楽しみになっているそうです。「平日も現場仕事は8時~17時なので、体の負担もそんなに感じることなく続けられています。このあたりは愛知県にもすぐに行けるので、便利で暮らしやすいと思います」と、恵那での暮らしも満喫しています。
これからの地域を守るために
100年先の森づくりを
3年前から上矢作町越沢地区で広葉樹の植林を行っている「いのちの山プロジェクト」
新たな技術、新たな人材をもって地域の林業に従事する安藤林業ですが、この地域の森林には大きな課題があると安藤さんは語ります。恵那市内にある人工林面積はおよそ20,800ヘクタール。しかし、その多くは手入れが行き届かないまま成長しています。その結果、過密になった木々が太陽の光を遮り、冬になると日照時間が2時間ほどになる日もあるほど、集落には年々光が届かなくなっています。
また今後、間伐が遅れていくと、高く成長した木の伐採に手間とコストがかかるとともに、幹が細く根の成長が乏しい木々が増えれば、雪や雨によって根元から倒れ、大きな自然災害につながる危険性もあります。実際に、20年前に起こった東海豪雨では、流された木が川をせき止めるなど、大きな被害が発生しました。
こうした状況をそのままにしていると、荒れた森林が下流域に住む住民の命をも脅かすことになる。そう考えた安藤さんは、2019年から部分的に山の木を皆伐して、成長しても背丈の低いもみじや花桃などを植える「いのちの山プロジェクト」をスタート。活動に賛同する地域の企業やボランティアも参加し、2020年には250本以上、2021年には900本もの苗木を植林しました。
「冬には葉が落ちる広葉樹を植えれば、集落にも日が届くようになり、堆積した落ち葉は腐植して、浸透・保水能力が高い土壌になることにより、雨水を蓄えて美しい水をつくります。川の上流にある私たちの地域が山を守ることで、この地域だけでなく、下流地域の水や暮らしの安全を守ることになる。持続可能な里山の環境を守るために、今自分たちができることを続けていきたい」と力強く語る安藤さん。いのちの山プロジェクトでは、今年約2000本の苗木を植林するなど、活動はますます広がりをみせています。
2022年4月には、ボランティア約140人が参加して2000本の苗木を植林
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