1970年代に木質チップのボイラーを導入
染色の仕事も、実は“木”とともにある
一見、木なんて関係ないでしょ?と思うようなシーンで、木材が活用されているということが実はあります。例えばそれは、“染色”という繊維素材を扱う産業の中に見られます。染色加工の中で木材と縁があるという企業を訪れ、その現場を確かめてきました。
淡墨桜二世の間伐材で染色した
やわらかい桜色が人気に
岐阜県大垣市の郊外に本社工場を構える株式会社艶金。同社では2007年から「のこり染」の開発を始め、その商品コンセプトに共鳴する多くのファンから人気を集めています。
栗の殻ものこり染の原料に。
「のこり染」とは、食品残渣(ざんさ)などの“残りもの“を色素として再利用する染色のことです。同社では長年にわたり、洋服の生地などの染色を手掛けていますが、その工程では、大量の水とエネルギーを消費します。繊維を水中に浸けた状態で、80℃から135℃まで上昇させる必要があり、環境への負荷が大きい産業なのです。
そこで同社の墨勇志社長は、「染色をキーワードにしたエコロジーな商品を開発できないか」と思案してきました。そんな折、岐阜県産業技術センターから「食品残渣の色素を使った染め物ができないか」という相談があり、「のこり染」の開発に着手することになったのです。
剪定された淡墨桜の枝。
その後、「のこり染め」の素材は、木材にも広がっていきます。「当初はヒノキの木材部分やスギの葉っぱ染めなどをしていました」と墨社長。そんな中、岐阜県の地域色を押し出し、春夏秋冬をテーマにした商品が作れないかという話が持ち上がります。そこで墨社長が着目したのが「桜」でした。
ただ、桜の色素を抽出しようにも、花びらを1枚1枚拾い集めていては手間が掛かりすぎます。そこで紹介を受けたのが、岐阜県本巣市根尾に咲く樹齢約1500年と言われる「淡墨桜」や、その一帯の山を管理する㈲根尾開発でした。国の天然記念物の淡墨桜の周囲には、その苗木から育った「二世」が花を咲かせます。㈲根尾開発との出会いによって、この二世を剪定して出てきた枝を入手することができると分かったのです。
淡墨桜の剪定した枝で染めたトートバッグ。淡いピンクが特徴。
「桜には、花びらだけでなく枝にも色素が含まれていて、染めてみると薄いピンク色になりました。この桜色を使ったタオルやトートバックは、どれも評判ですね」(墨社長)
墨勇志社長。のこり染以外にもロボットスーツなど常に新しい取り組みに挑戦しています。
環境問題への関心の高まりだけでなく、最近では大量に出る食品廃棄ロスも話題に上ることが多くなっています。「私たちが商品に込めた思いに共感してくださる人は、徐々に増えてきていると感じます。最近では、食品用ラップの替わりとして使える『エコラップ』なども人気を集めていますね」と墨社長。また、エコロジーの観点だけでなく、天然由来のやさしい色合いを気に入ってくれる方も多いと言います。
世界ブランドの品質担当者も感動した
循環型のビジネスを今後も継続したい
のこり染をきっかけに木材を原料とした染色に取り組むようになった同社ですが、改めて林業との関わりを墨社長に尋ねると、「実は、昔からとても縁が深いですよ」と意外な答えが返ってきました。
染色加工機で生地を染色していきます。確かに大量の水が必要そうです。
前述した通り、染色には大量のエネルギーが必要となります。そのため、同社でもかつては、大量の重油を燃やしてボイラーを稼働させ、各工程に熱を供給していました。そんな状況が一変したのが、1970年代のオイルショックです。同社では、重油の値段が高騰したことを受け、燃料費の削減を目的に、木質チップを燃料にするボイラーを導入したのです。
木質チップボイラー。まだまだ現役。
このチップをボイラーで燃焼させ、エネルギーへと変換させます。
「燃料に使われているのは、建築廃材などを細かく砕いたものになります。木質チップの場合、森で育つ過程で大量の二酸化炭素を吸収しているため、木の一生で考えると±0となり、二酸化炭素を追加で排出していないことになります。二酸化炭素をただ排出するだけの重油に比べ、圧倒的に環境負荷が少ない工場になっているわけです」(墨社長)
最近では、世界中でSDGs(持続可能な開発目標)に取り組む企業が広がりを見せています。染色業界においても、従来の「発色」「機能性」といった付加価値とは別に、「どのような思いで作られているのか」が問われてきているそうです。
「一昨年、弊社で製造した生地を使っているアメリカの有名アパレルブランドの品質管理担当者が査察に訪れました。ひと通り工場内を巡った後、最後に木質チップのボイラーを見たのですが、『この循環型のボイラーは素晴らしい!』と一番感動していましたね。かつて導入した木質チップのボイラーが、ようやく別の意味で評価を受ける時代が到来したわけです。私たちはこれからも、“木”とともにあることを意識しながら、環境にやさしい循環型のビジネスを継続していきたいと思います」(墨社長)
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