容易に伐り倒すことができない
まちなかの木をどう伐採する?
例えば、個人宅の庭や寺社の境内、街路樹などの木を伐採する場合、通常のように根元から伐り倒せば、近隣の建築物や送電線を傷つけたり、道路を通る車や人に接触したりと、さまざまな事故につながりかねません。そこで、まるで木を解体するように、上の方から少しずつ枝を切って撤去していく「特殊伐採」と呼ばれる方法があります。その特殊伐採の現場を見るため、恵那市で特殊伐採に取り組む「林業幸人」の冨成幸人さんを訪ねました。
伐採することで、
人の暮らしがより豊かに安全に
住宅街で大木化した木。周囲が日陰になったり近隣の敷地まで枝が及んだりと、さまざまな事情から伐採したいというニーズに対応しています。
訪れた現場は、閑静な住宅街。木が佇む場所のすぐ近くに住宅が立ち並び、伸びた枝の下には多くの車が往来する道路が走る中、冨成さんの伐採作業は始まりました。高所作業車が吊り上げるカーゴに乗り込み、木の上部へ運ばれた冨成さんは、木の状態を見極めながら伐り落とす枝を選定。クレーンから降ろされたバンドを巻きつけた後、チェーンソーで伐採します。伐った枝は、電線に引っかからないよう、クレーンで空高く上げられながら運ばれ、待っていた他の技術者によってトラックに積み込まれます。この作業を何度も繰り返し、木はみるみると小さくなっていきました。
「ここのようにクレーン車やバケット車が入れるところはいいですが、それも難しいほど狭い場所では、自力で木に登って枝を伐り、ロープで降ろすこともあります。1本1本、木や周りの状況が違うため、常に臨機応変に対応しなければいけないところは難しいですが、そこがおもしろさでもあります」と話す冨成さん。
最近、風水害や地震などが頻発していることもあり、倒木などの被害が起こる前に敷地内の木を伐りたいと、ニーズも増えている特殊伐採。冨成さんは、「災害リスクを防ぐ面もあるけれど、伐った後に家族や周囲の人が『日が入るようになって、明るくなった』と喜んでくれるのもうれしいですね。先日、別荘の周りにある木を伐った時も、『以前は庭に寝転ぶと星が見えたが、木が大きくなって見えなくなっていた。これでまた星が見られる』と笑顔で話してくれて。そうした声もやりがいになっています」と、暮らしと近い場所にある木を伐採する意義を語ります。
クレーンに吊られたカーゴで上昇。
伐った枝を電線に引っかからない高さまで上げ、1本ずつクレーンで運搬。
最後に、残った幹部分を伐採。
こんな林業があったんだ
憧れの人の背中を見て、特殊伐採を独学
冨成さんは独立後、独学で特殊伐採を習得。
冨成さんは、工場勤務や住宅会社の営業などさまざまな職を経験した後、故郷である恵那市に戻り、民間の林業事業者に就職。林業は体を使う仕事だと思っていましたが、自分が思うところへ木を倒す難しさに、頭を使う仕事だと認識を改め、そのおもしろさを実感しました。その後は、独立して山での間伐に従事してきた冨成さん。「まちを見渡しても分かるように、恵那は360度山に囲まれています。つまり、ここには林業の仕事が、文字通り山のようにあるということ。その上、若手の技術者が少ないなら、独立しても必ずニーズがあると思いました」と、当時を振り返ります。
そんな中、特殊伐採をしていた中津川市の技術者に出会い、特殊伐採のおもしろさやその技術者の仕事に向き合う姿勢に魅了されます。その人が特殊伐採をすると聞けば、自分の手をいったん止めてでもその現場に駆けつけ、作業を手伝いながら仕事ぶりを見て学びました。今では特殊伐採が仕事の多くを占めるまでになり、「今後はさらに特殊伐採を中心に仕事をしていきたい」とツリークライミングの講習を受けるなど、日々研鑽を積んでいます。
安全で効率的な方法を考え
後継者を育てていきたい
時々、娘さん(写真下)にも手伝ってもらっているという冨成さんは「安全な方法を学べば、初心者や女性でもできる仕事だと思っている」と話します。
今、自身の技術向上と並行して冨成さんが目指しているのは、特殊伐採を行う次の人材を育成すること。そのために、現在は森のジョブステーションぎふにも求人を出すなど、担い手を募っています。とはいえ、技術力や対応力を求められ、何より危険を伴う高所での作業が必要な特殊伐採。その習得には、難しさを感じる人も多いのではないでしょうか。
その点を冨成さんに聞いてみると、「私も最初の頃は、高所で足が震えました。踏めばグラグラと揺れる細い枝に登ることもありますし、チェーンソーを使う時はロープから手を離さなければならず、私自身も大きな事故に遭ったこともあります。でも、実は怖くないと思う時が一番怖い。常に恐怖感をもって、気を引き締めて作業することが大切」とのこと。
その上で、「危ないこと、楽にできる方法をしっかりと知った上で、自分なりのやり方を考えれば、工夫次第で危険や体の負担も軽減できます。だからこそ、昔のように『見て覚えろ』ではなく、教える側がちゃんと伝えていかなければと思っています」と、育成に向けた熱意を語ってくれました。
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