安全対策室の設置と新人職員への丁寧な指導 独自の安全教育を行う森林組合

安全教育

取材先:飛騨高山森林組合

岐阜県高山市にある飛騨高山森林組合。日本一の面積を誇る高山市と白川郷で知られる白川村の森を育て、守り続けてきたこの森林組合で、2020年の春より、安全対策室を設け、独自の安全教育が実施されています。今回はその取り組みについて詳しくお話を伺いました。

新人職員に対して設けられた制度。新たに始まった独自の安全教育。

飛騨高山森林組合 森林整備課 柴田さん

飛騨高山森林組合は新入社員には必ず安全教育をしています。入社して最初の数日間は、組合安全対策室安全指導員による安全教育を徹底しています。昔はベテランの職人が背中で教えて、仕事は先輩から盗んでいくもの、という職人気質の環境でしたが、現在の指導法は大きく変わっています。
安全教育の内容は座学から現地実習まで行われます。チェンソーの基本操作、危険の予知からその対応までを細かく学びます。現場職員はもちろんの事、事務職員も参加します。事務職員でもチェンソーを使えるように教育することで、現場での写真撮影や施工管理の際、自身で安全を確保し、危険に対処する方法を理解することができるといいます。

座学から現場実習へ進む安全教育カリキュラム

安全教育でチェンソーの使い方を学ぶ実習生

安全教育は1日目の刈払い機を安全に使用するための座学、実技の教育から始まります。2日目はチェンソーの取り扱いから災害実例や関係法令を学びます。3日目で安全保護具の装着を学び、本格的なチェンソーの操作に入ります。4日目でようやく山へ行き、現地実習となります。間伐現場に入り、選木、安全教育、伐倒、枝払い、玉切りを実践的に教育します。自動車学校のように、まずは構内での実習や道交法を学んだ後、公道実習へ進むように、無理なくチェンソー、刈払い機等の安全操作の基本を取得できるカリキュラムです。
これまでの新人の受講者からは、「現場に入る前に林業の基本を学ぶ事により、不安が無くなった」という感想が寄せられています。仕事としての意識や自信も身に付くようです。また、新人が基本を取得してから現場に入るため、班長等指導者の教育負担が減るという効果もあります。 何よりの効果は、安全意識の向上と労働災害の減少に現れています。

若い未経験者を大事にし、1人前に育てる

実際に山の中で行われる実習

「毎年、高卒職員が何名か入ってきます。徹底した安全教育により、親御さんにも安心していただけます」とお話される柴田さん。
普通科の高校の新卒者も珍しくありません。また、他業種から転職してきた職員も多く、半分以上が未経験者だそうです。未経験者でも1から業務と安全教育を教え込み、1人前に育成します。
「従来の教え方では、怒られても分からない事が多い。今の若い人でも、しっかり教えれば技術と安全意識を身に着けることができる」と若い未経験者を大事にしています。また、安全対策は教育だけではありません。安全対策室のメンバーである各部署長クラスの6名で、現場の視察に回っています。現場視察は2ヶ月間で20ヶ所という頻度で回っているそうです。主には作業手順、保護具着用、安全対策、体調管理をチェックして、労働災害の防止に務めています。

バランスの良い年齢構成と、ワークライフバランスが良い労働環境

森林組合の実習を受けた新人職員

組合職員は63名が在籍しています。平均年齢は43歳。業界全体の平均年齢である50歳超と比較すると若い職員が多いのが特徴です。在籍年数は半分が10年未満であり、年齢構成のバランスが良いといえます。高校新卒者であっても他職員との年齢乖離が小さいのは、安心できる点です。
就業時間は朝8時30分から1時間40分の休憩時間を挟み、終業は17時まで。残業はありません。陽があるうちしか仕事ができないためです。定時に業務が終わるため、終業後の時間を趣味や家族の時間に使えることを喜んでいる方も多くいます。年間の出勤カレンダーを年度当初に作成しているため、休日は予定を立てやすくプライベートも充実させやすいようです。
稀に、やむを得ぬ事情により退職される方がいますが、総じて離職率は低く、退職後も契約スタッフとして関係を続ける方もいるとの事。冬季はウインタースポーツや狩猟等の趣味のため、夏季だけ季節雇用する方もいるそうです。

安全教育研修担当、勤務歴22年の柴田さん

研修担当 柴田さん

研修担当の柴田さんは大阪の出身ですが、岐阜の地で林業に携わっています。「最初は渓流釣りがしたくて山地である林業を選びました」きっかけは22年前に東京で林業就業の合同募集に参加したところから始まります。その中で、大阪から一番近いのが、当時の荘川村の森林組合だった事から選んだそうです。以来、荘川村に移住して林業に携わってきました。そして、2005年に荘川村が高山市へ合併し、現在に至ります。
柴田さん自身、かつて大きなケガを負った事があり、新人には「無理をしないよう、危険を感じたら作業を止める事が重要だ」と安全を徹底して伝えています。「林業を始める人は、ある程度、体力に自信がある人が来る。しかし、慣れた時に注意が必要」という事を伝えています。危険を未然に察知することが重要です。
「若い人は、林業がしたくて来ている人が多く、物事の吸収は早い」と柴田さんはいいます。しかし、新人は林業に憧れが強い反面、実際の作業の大変さとのギャップがあるといいます。簡単にできるだろうと、軽く見ているところもあり、実際にやってみると難しい事が多いそうです。これまで柴田さんは、教科書だけでは伝えられない現場でお話や安全意識を伝えています。「1年頑張れば、山の斜面を天狗のように飛んで上っていける」と話し、多くの新人を1人前のフォレストワーカーに育てました。

柴田さんによるチェンソーカービング

チェンソーカービングで作品をつくる柴田さん

柴田さんがライフワークとして長年、続けているのが、チェンソーカービングです。チェンソーカービングとは、チェンソーを使用して制作する彫刻物の事です。チェンソーだけで制作しますが、そうとは思えない程に繊細な作品が並びます。今ではひと月に3から5体を制作し、年間では40体程になるそうです。15年前にテレビで見た事がきっかけで始められたそうです。
「はじめは上手くいかなかったけど、長年かけて自己流でテクニックを身に着けました。」チェンソーは実際の林業で使うものもありますが、カービング用のものもあり、制作には5本のチェンソーを使い分けます。作品は荘川の道の駅で販売されています。
「魚釣りは、技術があっても魚がいないと釣れないが、カービングは練習すれば技術が向上する」と柴田さんは未だ向上心を持ち続けています。林業で身に付けたチェンソー技術を元にカービングを始めましたが、また逆にカービングであらたに身に付けた技術やマインドを林業へフィードバックしているようです。そして、多くの人達が林業への興味を惹くきっかけの役割も担っています。
独自に設置された安全対策室とその研修内容。これだけ丁寧にひとつひとつ教えてもらえたら、未経験者であっても、安心して現場へと出ていくことができます。働く人の充実した環境づくりをされている森林事業部の柴田さんと、林業経験20年以上の研修担当柴田さん。お二人のお話を聞くことで、教科書だけではなく、現場で必要な知識を知ることができ、安心して働ける環境がここにあることが分かりました。

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