森と人を活かし、成長し続ける。
“下呂温泉”で有名な岐阜県下呂市。ここを拠点とする「南ひだ森林組合」は、わずか10年程で、生産性を倍増し、生産量を3倍にするなど、右肩上がりの成長を遂げているとのこと。今回は、組織の中心となって時代に順応した事業転換を推進してきた同組合参事の今井さんに、森と人を活かし、着実に成長し続ける、その取り組みや秘訣など、あれこれ話をお伺いしました。
森林・林業の再生に向けた事業転換
下呂市の森林面積は78.277haで、総土地面積に占める森林率は、実に92.1%。下呂市が誇る大切な資産ともいえるこの森林を守り続けてきたのが「南ひだ森林組合」です。かつて、林業全体が落ち込みつつある中、平成21年12月に国から、森林・林業の再生に向けた指針として、「森林・林業再生プラン」が提言されたそうです。これを受けて、林業を変えていかなければいけないとなった時、今井さんは「これからの林業は造林・保育事業よりも、森林生産事業・木材生産だ」と思ったといいます。
当時、組合全体の6割を占めていた造林・保育事業(苗木植栽、下刈、除伐、保育間伐など主に樹木を植えて育てる事業)。これまでの造林・保育事業に加え、成熟した森林を活用して木材を生産する搬出間伐、皆伐を実施し、木材を森林資源として活用していく、森林”生産”事業がこれからの時代には重要になってくると今井さんは考えたそうです。
造林・保育事業中心から生産事業中心に組合の方針を転換させ、3年後、5年後、10年後、組合全体がどのように成長していくか、緻密に計画を立てた当時の今井さん。この計画書を持って組合長の所へ行き、頭を下げ、そして造林・保育事業を行っていた職員全員を説得し、苦労の末、計画書の承認にこぎ着けたといいます。
事業転換し、生産量が3倍に。
事業の6割を占めていた造林・保育事業を生産事業に転換させて約10年弱。現在に至るまで、一筋縄ではいかないこともあったそうですが、なんとか計画通りに進み、木材生産量は当時の3倍に。組合をずっと見てきた今井さんによると「平成22年頃の木材生産量は1万m3〜1万2千m3ぐらいだったものが、現在では、年間で3万6千m3の木材生産ができるようになってきた。」と誇らしげに教えてくれました。
決め手は『小型』 高性能林業機械で生産性を右肩上がりに。
現在、組合が所有しているのは比較的小型のバケット容量0.25m3ベース・3tクラスの高性能林業機械。従来は0.45m3ベースの大型の高性能林業機械を使っている事業者が多かったと言います。今井さんによると「少し高度な話にはなるが、従来のような大きな機械を前提に森林作業道を入れようと思うと、伐開幅=道の幅が大きくなってしまいます。伐開幅が増えると、切り土が増え、同時に盛り土も増えるので、土砂崩れなど災害が起きやすくなってしまう。その災害や切土・盛り土を減らすために伐開幅を減らせる道づくりと、それに適した「小型」の高性能林業機械を選びました。」
さらに今井さんは、「他の事業者の中には、従来の大きな0.45m3ベースの大型の機械が入れる山の下手だけ、搬出間伐として扱っているところもありますが、そうなると高性能林業機械の活躍できる範囲が限定的になってしまい、結果として搬出間伐のできる範囲が少なくなって、切り捨て間伐の面積が多くなってしまう。そうならないよう小型の高性能林業機械を使うことで、搬出間伐の面積を増やし、木材生産量を増やすことができた。」と教えてくれました。
一人当たりの生産性と機械稼働率の向上。
現在、南ひだ森林組合の森林技術職職員は、33名。そのうち24名が森林生産事業に所属しています。また所有している高性能林業機械は、それぞれウインチが付いているハーベスタ5台とグラップル6台、フォワーダ10台。
各班に約4台の機械が準備されており、1台につき1人以上が使えるという高稼働率になっています。
事業転換を行った時、新しい高性能林業機械の導入も一緒に進めた今井さん。技術者の皆さんに「森林生産型に取り組む従事者を100%にした時、従来1人1日あたり4.5m3の生産性だったが、そこに森林生産事業が初めての従事者(元造林・保育従事者)が入ってくると、その生産性の数値は3.5m3/人日まで落ちる。だけど、そこに個々の技術向上への取り組みと新しい高性能林業機械を導入すれば、必ず7〜8m3/人日弱まで生産性の数値を持っていくことが可能なんだ。」と丁寧に説明。納得してもらいながら、機械を導入し、雇用を増やし、教育をお願いし、生産性を着実に上げてきたと言います。
実際に、現段階における一人当たりの生産性は、7.23m3/人日まで上がってきているとのこと。
「成長の早いスギが多い県内の地域では生産性が、10m3/人日を優に超えるところもありますが、成長の遅いヒノキが多いこの下呂地域では、1本あたりの材積が小さく、一人当たりの生産性3〜5m3/日で苦労しているところが多いと聞きます。それに対して当組合は、大幅に上回る数値を出せていると思っています。」(今井さん)
事業転換しながら、若手職員も雇用。生産性を上げていく育成方法
南ひだ森林組合の森林技術職員は全員で33名。平均年齢44歳。昨年は新たに、6名の若手職員が雇用されました。年代は20代〜30代。東京や名古屋など地方以外からIターンやUターンでの就職だったと言います。
「前職は、元スポーツインストラクターや、大学講師、高校、大学卒業者など業種もバラバラ。もしかしたら都会の暮らしから、田舎でののんびりした生活に憧れ、転職したのかもしれないです。ただ異業種からとは言え、入ったばかりですが、収入もそれなりに稼げる程、意欲的に働いてくれています。」と今井さんは教えてくれました。
新たに雇用された6名中、林業経験者は1名のみ。残りの5名は皆若く、林業経験は、0(ゼロ)だったようです。セミナーへの参加も担当している今井さんは、「各地域でのセミナーで、年々、話を聞きにきてくれる方が増えてきた気がする」と、担い手確保に向けた取り組みへの手ごたえを感じているようです。
セミナーでは、組合に興味を持って、意欲的に入ってきてくれる方を増やせるよう、組合が目指す今後の展望と共に、実際に就職した後の教育方針などを丁寧に説明している今井さん。
「林業従事者が、全国的にも、県下的にも少ない状況の中で、このような形で雇用できていることを嬉しく思います。当組合に関しても、さらに技術者を増やして行こうと思っていますが、ただ雇用するだけでは意味がないので、育成にも力を入れていきたいと思っています。」(今井さん)
実際に雇用された場合、組合で取得できる資格は、10以上。緑の雇用フォレストワーカー研修1~3年目に対応しているので、そちらで取得できる資格も多くあるとのこと。6月以降に就職した技術職員に対しても、組合が全面協力し、資格を取得させ、早い段階で現場に入り、経験を積めるような体制作りをしているそうです。
今井さんのセミナーを受けた就職希望者が、組合の仕事に興味が湧き、就職したら、未経験でもしっかりサポートしてくれる体制があるため、割と早い段階で現場に入れるとのこと。現場で目の当たりにする木が倒れる瞬間や、見たことがない動物など、何もかもが新鮮なうえに、他では取り扱いが少ない高性能林業機械や、新しい機械を操作できるようになっていくので、ここでの仕事がどんどん楽しくなっていくようです。
資格取得だけじゃない。若手職員育成の鍵は、『5人班』
「若手職員の育成と生産性、両方上げていくことは、難しい」という今井さん。雇用を増やしながら、教育し、生産性を増やしていくことは、全体のバランスを取らないといけないので、中々大変だといいます。
ではどのように若手職員を育成しながら、生産性を右肩上がりにしているのでしょうか。
新しい機械導入だけではない、生産性を上げる決定的な教育方法はどのようなものでしょうか。
私たちは取材していく中で、現場での『班構成』が鍵となっていることに気がつきました。
通常、南ひだ森林組合では1チーム4人で構成されることが多い班構成。しかし、若手職員が所属するチームは『5人班』で構成されているのです。「5人のうち、3人はベテラン職員にしています。3人のベテラン職員が、勤務歴が比較的少ない4~6年目と新人の1〜3年目の職員を育成すれば、効率がよくなる。」と今井さん。
「通常は4人班のほうが木材の生産性が上がるとされていますが、そこに1人ベテラン職員を増やし5人構成にすることで、通常より多く、新人職員が育つ機会を与えられると考えています。新人職員1人に対し、ベテラン職員が1人よりは2人、2人よりは3人…と、先輩たちが持っている知識や技術を得られる機会を増やせば、入ったばかりの職員も育ちが早い。」(今井さん)
5人班での構成後、ある程度新人職員が育ち、どの班も生産性にバラつきがないことが認められたら、一度、班構成を崩し、4人班に戻すとのこと。この構成で順調にいけば、今年令和3年の木材生産量は3万6千m3、令和7年には組合全体の木材生産が4万2千m3まで増え、今後も毎年2千m3ずつ増やしていく計画になっています。
「木材生産量を増やしていくにも、やはり林業従事者も増やさないといけないので、雇用促進も非常に重要だと考えています。また新人職員を雇用することがあれば5人班に戻したりと、色んな手法が考えられると思いますが、いつどんな時も一番大事なのは、やはり生産性を上げながらも、職員をどう育てていくかということだと思っています。」(今井さん)
今後の組合の動きは?森林との向き合い方
「今後、造林・保育事業もまた増やしていく予定もありますが、現状、木材を生産していくことに注力し、高性能な搬出機械を使って、搬出間伐を中心に事業展開しています。」と今井さん。
林業の低迷危機に面した時、組合を変えていこうとする直向きな今井さんの姿勢が、職員の意識を変え、組合全体を変えてきたのではないかと取材を通して感じました。
「稼げる林業」や「林業の成長産業化」といったことも言われますが、ただ稼げるだけでなく、緻密に計画された南ひだ森林組合の経営ならば、数年のうちに目標としていた組合全体の生産量と、一人当たりの生産性を達しそうな勢いです。その先、林業の未来を見つめる今井さん。さらなる南ひだ森林組合の成長に目が離せません。