女性技術者に聞く 森での働き方と日々の暮らし
岐阜県に在籍する森林技術者は、約1,000人といわれていますが、その中で、女性の森林技術者は、まだまだ少ないのが現状です。
そんな林業の世界に女性の森林技術者たちはどのようなきっかけで飛び込み、どのような思いを胸に林業と向き合っているのでしょうか。そこで今回は、岐阜県にある東濃ヒノキ白川市場協同組合の若手女性技術者である、松瀬乃彩(のあ)さんにお話を伺いました。
きっかけは隣の学科のポスター
「なんか気持ちが良さそう」
高校時代は、食品科学科を専攻していた松瀬さん。当時、特にやりたいことや夢もなく、親に言われた通り進学し、同級生となんとなく過ごす日々を送っていたと言います。そんな中、食から林業へと進路先を変えるきっかけとなったのは、隣の森林科学科のポスター。そのポスターを見る度、「隣の学科の方が楽しそう」と感じていったと言います。
「あっちの授業のほうが楽しそうだな〜」「外で食べるご飯はきっとお美味しいだろうな〜」などと思いは膨らみ、気付けば「林業で働いてみたい」と思うようになっていきました。その思いを叶えるため、高校卒業後は、森林・林業の専門学校である「岐阜県立森林文化アカデミー」に進学。実は、ずっと文化系の部活だったという松瀬さん。アカデミーに入学するまで山にも登ったことがなかったと言います。食品科学科だった頃とは違い、外で身体を動かしたり、のびのび気持ちよくご飯を食べたり、どんどん自然と触れ合う林業の世界にはまっていきました。
インターンシップで訪れた
東濃ヒノキ白川市場協同組合
そんな松瀬さんがアカデミー在学中、インターンシップで訪れたのが、東濃ヒノキ白川市場協同組合でした。
東濃ヒノキ白川市場協同組合は、岐阜県の白川町にある協同組合で、『木を伐り、木を売る、森を守る』をモットーに、川上から川下までの懸け橋となるべく、環境に貢献する様々な取り組みを行っています。
元々、木材市場を中心として、木材を仕分けし、市場販売とシステム販売の2つの方法で木材を売り、集荷を行う、といった事業を行っていました。しかしながら、国産材の需要が増えてきたこと、さらには、白川町にも高齢林の伐期を迎えた森林が増えてきたため、令和元年、自分たちでも木を伐って利用できるよう、新たに素材生産部門(林産部)を発足。グラップル2台とラジキャリー1台を導入し、地域の森林に少しでも金銭的な面で還元できるような取り組みを行っています。
現在、市場には職員12名(内森林技術者4名)、パートが4名在籍しています。
松瀬さんがインターンシップの際に感じた職場の印象は「雰囲気がいい」「若い世代が多い」というもの。
「黙々と仕事したり、休憩中も別々で食べる職場もあると聞いていたので、同世代が多く、話もしやすそうな職場だな」と感じたと言います。
実際に取材当日、現場にいた技術者の平均年齢は20代後半。市場全体の平均年齢を出しても30代半ばとのこと。
「職場環境もやっぱり大事だと思います。気軽に話せるからこそ、作業中でも上手くコミュニケーションが取れるし、話せるからこそ、気晴らしにもなり、気分も下がらず、作業ミスも起こりにくそうだと思いました。私にとってこうした雰囲気の良さが、就職に至った決め手となりました。」(松瀬さん)
先を見据えて『働く場所』を選択。
女性でも活躍できるキャリアプラン
将来を考えると、女性の先輩がいない中、先駆者となるのも勇気がいることと思うのですが、その点についても聞いてみました。
「今は現場でも、どんどん歳を重ねていくと、女性は男性に比べ体力も落ちやすく、他での仕事も考えておかないといけないとなった時、ここは市場に隣接しているので、仮に現場に立てなくなったとしても、同じ職場内で働ける場所があるのは、安心できると思いました。少し先を見据えてここを選びました。」
結婚や出産、育児など、ライフイベントに合わせて働き方を変えていけるのは、女性にとっても非常にありがたいこと。しっかりと先々のキャリアプランも見据える松瀬さんです。
年齢、性別の垣根を超えて。
女性が働く林業の現場とは
実際に伐採をする現場にも案内していただきました。到着して感じた現場の印象は、とても和やかな雰囲気。働く仲間として、年齢や性別を超えた仲の良さを感じ取ることができました。
3人の先輩男性職員と一緒に笑顔で出迎えてくれた松瀬さんは、現場について、こう話してくれました。
「男性との体力の差はどうしても出てしまいますが、ほとんどの作業を一緒に行ってくれます。女性だからと一歩引かれることもなく、先輩から話しかけてもらえたり、壁を感じることなく、足並み揃えて、作業を行ってくれます。」
松瀬さんが実際に伐倒作業している間、私たちにも分かりやすいよう、丁寧に作業の流れを教えてくれた作業班の班長を務める田口さん。田口さんについてもお話を伺うと、「班長は自分のことも、周りのこともよく見ていて、すごいなと感じます。困っていることに気づいて話しかけてくれるし、自分から質問しても、しっかり教えてくれます。
例えば、木と木が重なってしまって危ない時、どうやって切ったら木が自分の方に跳ねないで済むか。ここはこう言う風に切ると跳ねないなど、説明だけではなく、実践しながら細かく丁寧に教えてくれます。アカデミーの時に学んだことと、現場で実際に作業しながら教えてもらうのとは違う部分もあるので勉強の日々です。」(松瀬さん)
また、市場にはアカデミー時代の1学年上で、松瀬さんより先に入社し、今も現場で一緒だと言う先輩(杉山さん)も在籍。
「作業中、いろいろと気にかけて教えてくれたり、休憩中などに、面白い動画を見たり、和やかな雰囲気を作ってくれる」と教えてくれました。「もう一人の先輩(横家さん)は、私が入社した半年前に林産班に入り、4月からの緑の雇用のフォレストワーカー研修が一緒で、入った頃から色々教えてくれるので、半年の差ってすごいなといつも感じます。元々、8年間は市場業務でしたので、知識も豊富で、重機の扱い方も上手ですね。横家さんからは、特に、重機の動かし方を学びたいと思っています。」
一緒に働く現場で、それぞれの先輩の姿を見ながら、半年後、1年後、数年後の自分をイメージすることができるので、スキルの向上やキャリアアップなどイメージしやすい環境だと松瀬さんは言います。
また昔のイメージにあるような『やってみろ』ではなく、『どんな風にしたら危なくないか』『どう伐ったら安全か』など丁寧に教えてくれる班長・田口さんの姿勢が、他の先輩たちの姿にも繋がり、新人でも分からないことも聞きやすく、それにしっかりと答えてくれる現場の雰囲気作りがなされているのだと感じました。
山を知り、山の音を聞くように。
学校では学びきれなかった安全への意識
「上手く伐倒できるようになってきたけど、まだまだ」と言う松瀬さん。「実際に現場へ出ると、アカデミー生だった頃に学んだことと、現場で働くことは違うなと感じることが多くありました。
アカデミー生だった頃は、山に登る回数も少なく、木を伐る機会も少なかった。そして先生に守られていた環境だったけど、働きだしたら、自分で何本も木を伐っていかないといけないし、危険な場面に遭遇することが増えた気がします。
だからこそ本当の意味で“安全”を意識し、どんな状況が危険なのか、班長や先輩の話を聞きながら、ちゃんと理解できるようになってきたと思います。」実際に、木を伐る際も伐倒方向を何度も繰り返し確認。班長にも一緒にチェックしてもらいながら、慎重に作業を進めていた姿が印象的でした。
「安全のため、伐倒方向だけでなく、木が倒れる時の音も意識するようになりました。山には、鳥やセミの声、チェンソーの音など、都会では聞けない色んな音があります。」
微かな音の違いにも耳を傾けるようになったと言います。
「他にも、雨の日には伐倒方向だけでなく、足元にも注意しなければいけません。伐倒中、足元が滑ってしまうと、非常に危険なので、足元確保の大事さも、雨の日の経験を通して、身に染みて感じるようになりました。」
山の歩き方など初歩的なことから実践的なことまで丁寧に教えてくれる班長や先輩。危険な状況を想定し、安全をより意識するようになりました。
OLとほぼ変わらない生活
8時に始業、17時には終業。
はたして森林技術者の生活は、一般的な会社員と違うのか。松瀬さんの1日の過ごし方を聞いてみました。
早朝6時に起床し、支度。7時には家を出て、8時前には事務所へ到着。8時から班のみんなで現場に向かい仕事を開始。12時から13時まではお昼休憩を取るそうです。
「外で食べるご飯は格別に美味しい。それぞれ黙って食べるより、みんなと一緒に食べるので、より一層美味しく感じます!」と嬉しそうに話してくれました。
お昼休憩後、13時から16時半くらいまで残りの作業をし、17時にはみんなで事務所に戻り、終業。残業はないので、帰宅するのは、遅くても18時半過ぎだと言います。帰ったら、日中にかいた汗を流すため、すぐお風呂へ。20時頃にはご飯を食べ、流行りのドラマや映画を観たり、プライベートの時間をゆっくり過ごすそうです。
ごく一般的な会社員となんら変わりのない生活。山の麓に一人で住む方もいるそうですが、松瀬さんは近隣の市街中心部に住み、山まで通っていると言います。
「今はオフシーズンだけど、冬の休日は、スノーボードによく出かけます!」山での仕事と、街での日々の暮らし。どちらの良さも堪能できると話してくれました。
「入社して3ヶ月ですが、特に辞めたいと思うこともなく、毎朝『よしやるぞ』と支度しています。山にはいろんな動物がいたり、見たことない虫がいて、面白く、自然に触れながら仕事することに充実感を感じています。」
林業の世界に飛び込み、感じた楽しさや、リアルな仕事風景、日々の暮らしまで、明るく笑顔で答えてくれた松瀬さん。
女性森林技術者の先駆者でありながら、飾らない彼女の明るさが、岐阜県の林業に新たな光を与えてくれる、そんな未来が垣間見えたような気がしたのでした。
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